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しんしょたいこうき
新書太閤記
吉川 英治
07 第七分冊
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 200,903 字 · 400 页
茶なといたさん、朝立ちなれば朝まだきにも城へ来いと、諄いばかり仰せを重ねられた信長公が……なんとてはかく光秀がお嫌いになられたのか。青山与三をおつかわしあったのも、光秀の顔を見るのがお嫌なので、こちらからの登城を避けるお心から出たものではなかろうか」
考えまい、思うまい。そう努めれば努めるほど、何たる愚痴、心は綿々と、声なき独り言を、腐水の泡つぶのようにつぶやいて熄まない。
「――誰が観ん、この花も、はや無用」
彼は、床の間の、大きな瓶へ手をかけた。見事に挿けてあった花も、彼の腕にみだれ、瓶の口からこぼれる水は、縁側まで滴々と音をさせて運ばれて行った。
「はや行くぞッ。立つぞここを。支度はよいかッ」
そこから大声で家中の者へ呼ばわりながら、光秀は、その壺を、両手で斜めに、肩のあたりまでさしあげた。そして庭さきの平たい沓ぬぎ石を目がけて、力まかせに叩きつけた。
陶土の破片、水のしぶき、それが快然たる一爆音を発して、光秀の面から胸へ刎ね返った。光秀は、濡れた顔を、夜空へあげて、呵々と笑った。独りで笑っていた。
夜は深い。じっとり霧がこめて、いとど蒸暑い夜だった。