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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

07 第七分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 200,903 字 · 400 页

青空文庫

ひとみを凝らすと、京都の町も、暁闇の底に、見えないことはない。だが、老坂や三草の丹波堺をふりむくと、まだ鮮明な星が数えられた。

「や、死骸だ」

「……ここにも」

「おっ、彼処にも」

道はすでに京都の西七条の入口に近い。東寺の塔の下までも、所々の藁屋根や森を除く以外、右も畑、左も青田、いちめん露をおびた耕地であった。

その道傍の松の根方や、往来の真ん中や、いたる所に死骸が倒れていた。みなこの近くの農民らしい。茄子の花の中へ、眠っているような顔を伏せて、笊を抱いたまま一太刀に斬り殺されていた若い娘もある。

血しおは今こぼされたばかりに見える。朝露よりも新しい。思うに本軍の前を先駈けして行った天野源右衛門の手勢が、早起きする農民たちの姿を田や畑に見かけて、大事のためには代えられじと、その無辜を愍みながらも、逃げるを追って刺し殺し去ったものにちがいない。

地に鮮血を見、空に鮮紅な雲を仰いだとき、光秀は、手の鞭をやにわに挙げて、

「本能寺へいそげ。本能寺を覆い包め。――光秀の敵は、四条本能寺と、二条妙覚寺の内に在るぞ。行けッ、行けっ。踏みおくるる者は斬るぞ」

鐙の革も断ち切れんばかり鞍腰上げて絶叫した。