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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

07 第七分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 200,903 字 · 400 页

青空文庫

四郎次郎は一そう声をひそめて一言に告げた。

「右大臣家には、もはやこの世のお方ではありませぬ。今からでは御空骸だけにお会いすることもかないますまい」

「……?」

忠勝はいつも持っている自慢の槍を抱えたまま馬上に胸を伸ばした。そして青田の果て遠く枚方の堤から京都方面を凝視していた。

夏の雲が、ふわと遊んでいる。ここからは二条の煙もわからなかった。

「みなの者、木蔭へ寄って、しばし休め」

すこし先に、藪があった。忠勝も駒を降りた。そして木蔭の床几に、四郎次郎とただふたりきりになると、彼は、

「おぬし、かりそめならぬことをいうが、よも間違いや戯れではあるまいな」

と、念を入れた。

「何でかりにも、そのようなことを」

四郎次郎こそ、ここまで来るには、命がけだったのである。冗談どころの沙汰ではない。

「本能寺はもちろん、今頃はもう二条のお構えも陥ちておりましょう。――この辺りは初夏の空と青田の何知らぬ静けさですが――洛内は夜が明けても夜のままで、降る火の粉と馬蹄の音のほか、人影ひとつ見ることはできません。もとより洛外への道々はきびしく断たれ、ずいぶん怖い思いもいたしました」