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ちじんのあい
痴人の愛
谷崎 潤一郎
「大阪朝日新聞」1924(大正13)年3月~5月<br>「女性」1924(大正13)年11月~1925(大正14)年7月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 179,399 字 · 353 页
せて切ってあったのです。
ナオミは私と並んで立つと一寸ぐらい低かったことは、前に記した通りですが、夫人は西洋人としては小柄のように見えながら、それでも私よりは上背があり、踵の高い靴を穿いているせいか、一緒に踊るとちょうど私の頭とすれすれに、彼女の露わな胸がありました。夫人が始めて、
“Walk with me!”
と云いつつ、私の背中へ腕を廻してワン・ステップの歩み方を教えたとき、私はどんなにこの真っ黒な私の顔が彼女の肌に触れないように、遠慮したことでしょう。その滑かな清楚な皮膚は、私に取ってはただ遠くから眺めるだけで十分でした。握手してさえ済まないように思われたのに、その柔かな羅衣を隔てて彼女の胸に抱きかかえられてしまっては、私は全くしてはならないことをしたようで、自分の息が臭くはなかろうか、このにちゃにちゃした脂ッ手が不快を与えはしなかろうかと、そんな事ばかり気にかかって、たまたま彼女の髪の毛一と筋が落ちて来ても、ヒヤリとしないではいられませんでした。
それのみならず夫人の体には一種の甘い匂がありました。
「あの女アひでえ腋臭だ、とてもくせえや!」
と、例のマンドリン倶楽部の学生たちがそんな悪口を云っているのを、私は後で聞いたことがありますし、西洋人には腋臭が多いそうですから、夫人も多分そうだったに違いなく、それ