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ちじんのあい

痴人の愛

谷崎 潤一郎

「大阪朝日新聞」1924(大正13)年3月~5月<br>「女性」1924(大正13)年11月~1925(大正14)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 179,399 字 · 353 页

青空文庫

を消すために始終注意して香水をつけていたのでしょうが、しかし私にはその香水と腋臭との交った、甘酸ッぱいようなほのかな匂が、決して厭でなかったばかりか、常に云い知れぬ蠱惑でした。それは私に、まだ見たこともない海の彼方の国々や、世にも妙なる異国の花園を想い出させました。

「ああ、これが夫人の白い体から放たれる香気か」

と、私は恍惚となりながら、いつもその匂を貪るように嗅いだものです。

私のようなぶきッちょな、ダンスなどと云う花やかな空気には最も不適当であるべき男が、ナオミの為めとは云いながら、どうしてその後飽きもしないで、一と月も二た月も稽古に通う気になったか。―――私は敢て白状しますが、それは確かにシュレムスカヤ夫人と云うものがあったからです。毎月曜日と金曜日の午後、夫人の胸に抱かれて踊ること。そのほんの一時間が、いつの間にか私の何よりの楽しみとなっていたのです。私は夫人の前に出ると、全くナオミの存在を忘れました。その一時間はたとえば芳烈な酒のように、私を酔わせずには置きませんでした。

「譲治さんは思いの外熱心ね、直きイヤになるかと思ったら。―――」

「どうして?」