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ちじんのあい
痴人の愛
谷崎 潤一郎
「大阪朝日新聞」1924(大正13)年3月~5月<br>「女性」1924(大正13)年11月~1925(大正14)年7月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 179,399 字 · 353 页
「まあ厭だ! 何が見られるもんじゃない! あんな顔ならいくらだってざらにあるわよ。おまけにどうでしょう、西洋人臭く見せようと思って、いろんな細工をしているところはいいけれど、それがちっとも西洋人に見えないんだから、お慰みじゃないの。まるで猿だわ」
「ところで浜田君と踊っているのは、何処かで見たような女じゃないか」
「そりゃ見た筈だわ、あれは帝劇の春野綺羅子よ」
「へえ、浜田君は綺羅子を知っているのかい?」
「ええ知っているのよ、あの人はダンスが巧いもんだから、方々で女優と友達になるの」
浜田は茶っぽい背広を着て、チョコレート色のボックスの靴にスパットを穿いて、群集の中でも一と際目立つ巧者な足取で踊っています。そして甚だ怪しからんことには、或はこう云う踊り方があるのかも知れませんが、相手の女とぺったり顔を着け合っています。きゃしゃな、象牙のような指を持った、ぎゅっと抱きしめたら撓って折れてしまいそうな小柄な綺羅子は、舞台で見るよりは遥に美人で、その名の如く綺羅を極めたあでやかな衣裳に、緞子と云うのか朱珍と云うのか、黒地に金糸と濃い緑とで竜を描いた丸帯を締めているのでした。