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ちじんのあい

痴人の愛

谷崎 潤一郎

「大阪朝日新聞」1924(大正13)年3月~5月<br>「女性」1924(大正13)年11月~1925(大正14)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 179,399 字 · 353 页

青空文庫

「それそれ! 肩を上げちゃいけないッてば! もっとこの肩を下げて! 下げて!」

そう云ってナオミは、私が一生懸命に握っている手を振りもぎって、ときどきグイと、邪慳に肩を抑えつけます。

「チョッ、そんなにぎゅッと手を握っててどうするのよ! まるであたしにしがみ着いていちゃ、此方が窮屈で仕様がないわよ!………そら、そら又肩が!」

これでは何の事はない、全く彼女に怒鳴られるために踊っている様なものでしたが、そのガミガミ云う言葉さえが私の耳には這入らないくらいでした。

「譲治さん、あたしもう止めるわ」

と、そのうちにナオミは腹を立てて、まだ人々は盛んにアンコールを浴びせているのに、どんどん私を置き去りにして席へ戻ってしまいました。

「ああ、驚いた。まだまだとても譲治さんとは踊れやしないわ、少し内で稽古なさいよ」

浜田と綺羅子がやって来る、熊谷が来る、菊子が来る、テーブルの周囲は再び賑やかになりましたが、私はすっかり幻滅の悲哀に浸って、黙ってナオミの嘲弄の的になるばかりでした。

「あははは、お前のように云った日にゃあ、気の弱え者は尚更踊れやしねえじゃねえか。まあそう云わずに踊ってやんなよ」