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ちじんのあい
痴人の愛
谷崎 潤一郎
「大阪朝日新聞」1924(大正13)年3月~5月<br>「女性」1924(大正13)年11月~1925(大正14)年7月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 179,399 字 · 353 页
やんわりとした髪の毛の撫で心地、………そしておりおり洩れて来るほのかな囁き、………長い間悍馬のようなナオミの蹄にかけられていた私には、それは想像したこともない「女らしさ」の極みでした。何だかこう、茨に刺された傷の痕を、親切な手でさすって貰ってでもいるような、………
「あたし、よっぽど断ってやろうと思ったんだけれど、西洋人は友達がないんだから、同情してやらないじゃ可哀そうよ」
やがてテーブルへ戻って来ると、ナオミがいささかしょげた形で弁解しているのでした。
十六番のワルツが終ったのはかれこれ十一時半でしたろうか。まだこのあとにエキストラが数番ある。おそくなったら自動車で帰ろうとナオミが云うのを、ようようなだめて最後の電車に間に合うように新橋へ歩いて行きました。熊谷も浜田も女連と一緒に、銀座通りをぞろぞろと繋がりながらその辺まで私たちを送って来ました。みんなの耳にジャズ・バンドが未だに響いているらしく、誰か一人が或るメロディーを唄い出すと、男も女も直ぐその節に和して行きましたが、歌を知らない私には、彼等の器用さと、物覚えのよさと、その若々しい晴れやかな声とが、ただ妬ましく感ぜられるばかりでした。