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ちじんのあい

痴人の愛

谷崎 潤一郎

「大阪朝日新聞」1924(大正13)年3月~5月<br>「女性」1924(大正13)年11月~1925(大正14)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 179,399 字 · 353 页

青空文庫

「ラ、ラ、ラララ」

と、ナオミは一と際高い調子で、拍子を取って歩いていきました。

「浜さん、あんた何がいい? あたしキャラバンが一番すきだわ」

「おお、キャラバン!」

と、菊子が頓狂な声で云いました。

「素敵ね! あれは」

「でもわたくし、―――」

と、今度は綺羅子が引き取って、

「ホイスパリングも悪くはないと存じますわ。大へんあれは踊りよくって、―――」

「蝶々さんがいいじゃないか、僕はあれが一番好きだよ」

そして浜田は「蝶々さん」を早速口笛で吹くのでした。

改札口で彼等に別れて、冬の夜風が吹き通すプラットホームに立ちながら、電車を待っている間、私とナオミとはあんまり口を利きませんでした。歓楽のあとの物淋しさ、とでも云うような心持が私の胸を支配していました。尤もナオミはそんなものを感じなかったに違いなく、

「今夜は面白かったわね、又近いうちに行きましょうよ」

と、話しかけたりしましたけれど、私は興ざめた顔つきで「うん」と口のうちで答えただけでした。

何だ? これがダンスと云うものなのか? 親を欺き、夫婦喧嘩をし、さんざ泣いたり笑ったりした揚句の果てに、己が味わった舞蹈会と云うものは、こんな馬鹿げたものだったのか? 奴等はみんな虚栄心とおべっかと己惚れと、気障の集団じゃないか?―――