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ちじんのあい
痴人の愛
谷崎 潤一郎
「大阪朝日新聞」1924(大正13)年3月~5月<br>「女性」1924(大正13)年11月~1925(大正14)年7月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 179,399 字 · 353 页
―――この不愉快な、悔恨と云おうか失望と云おうか、ちょっと何とも形容の出来ない厭な気持は、その晩家へ帰るまで私の胸にこびりついていました。
電車の中でも、私はわざと反対の側に腰かけて、自分の前に居るナオミと云うものを、も一度つくづくと眺める気になりました。全体己はこの女の何処がよくって、こうまで惚れているのだろう? あの鼻かしら? あの眼かしら? と、そう云う風に数え立てると、不思議なことに、いつもあんなに私に対して魅力のある顔が、今夜は実につまらなく、下らないものに思えるのでした。すると私の記憶の底には、自分が始めてこの女に会った時分、―――あのダイヤモンド・カフエエの頃のナオミの姿がぼんやり浮かんで来るのでした。が、今に比べるとあの時分はずっと好かった。無邪気で、あどけなくて、内気な、陰鬱なところがあって、こんなガサツな、生意気な女とは似ても似つかないものだった。己はあの頃のナオミに惚れたので、それの惰勢が今日まで続いて来たのだけれど、考えて見れば知らない間に、この女は随分たまらないイヤな奴になっているのだ。あの「悧巧な女は私でござい」と云わんばかりに、チンと済まして腰かけている恰好はどうだ、「天下の美人は私です」