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ちじんのあい

痴人の愛

谷崎 潤一郎

「大阪朝日新聞」1924(大正13)年3月~5月<br>「女性」1924(大正13)年11月~1925(大正14)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 179,399 字 · 353 页

青空文庫

と叫びながら、面白そうに脚で私の腹を締めつけ、手綱をグイグイとしごきます。私は彼女に潰されまいと一生懸命に力み返って、汗を掻き掻き部屋を廻ります。そして彼女は、私がへたばってしまうまではそのいたずらを止めないのでした。

「譲治さん、今年の夏は久振りで鎌倉へ行かない?」

八月になると、彼女は云いました。

「あたし、あれッきり行かないんだから行って見たいわ」

「成る程、そう云えばあれッきりだったかね」

「そうよ、だから今年は鎌倉にしましょうよ、あたしたちの記念の土地じゃないの」

ナオミのこの言葉は、どんなに私を喜ばしたことでしょう。ナオミの云う通り、私たちが新婚旅行?―――まあ云って見れば新婚旅行に出かけたのは鎌倉でした。鎌倉ぐらいわれわれに取って記念になる土地はない筈でした。あれから後も毎年何処かへ避暑に行きながら、すっかり鎌倉を忘れていたのに、ナオミがそれを云い出してくれたのは、全く素晴らしい思いつきでした。

「行こう、是非行こう!」

私はそう云って、一も二もなく賛成しました。

相談が極まるとそこそこに、会社の方は十日間の休暇を貰い、大森の家に戸じまりをして、月の初めに二人は鎌倉へ出かけました。