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ちじんのあい

痴人の愛

谷崎 潤一郎

「大阪朝日新聞」1924(大正13)年3月~5月<br>「女性」1924(大正13)年11月~1925(大正14)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 179,399 字 · 353 页

青空文庫

宿は長谷の通りから御用邸の方へ行く道の、植惣と云う植木屋の離れ座敷を借りました。

私は最初、今度はまさか金波楼でもあるまいから、少し気の利いた旅館へ泊るつもりでしたが、それが図らずも間借りをするようになったのは、「大変都合のいいことを杉崎女史から聞いた」と云って、この植木屋の離れの話をナオミが持って来たからでした。ナオミの云うには、旅館は不経済でもあり、あたり近所に気がねもあるから、間借りが出来れば一番いい。で、仕合わせなことに、女史の親戚の東洋石油の重役の人が、借りたままで使わずにいる貸間があって、それを此方へ譲って貰えるそうだから、いっそその方がいいじゃないか。その重役は、六、七、八、と三カ月間五百円の約束で借り、七月一杯は居たのだけれど、もう鎌倉も飽きて来たから誰でも借りたい人があるなら喜んで貸す。杉崎女史の周旋とあれば家賃などはどうでもいいと云っているから、………と云うのでした。

「ね、こんな旨い話はないからそうしましょうよ。それならお金もかからないから、今月一杯行っていられるわ」

と、ナオミは云いました。

「だってお前、会社があるからそんなに長くは遊べないよ」