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ちじんのあい

痴人の愛

谷崎 潤一郎

「大阪朝日新聞」1924(大正13)年3月~5月<br>「女性」1924(大正13)年11月~1925(大正14)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 179,399 字 · 353 页

青空文庫

いたこの二人は、定めし不思議な取り合わせだったに違いありません。花の話で想い出すのは、彼女が大変西洋花を愛していて、私などにはよく分らないいろいろな花の名前―――それも面倒な英語の名前を沢山知っていたことでした。カフエエに奉公していた時分に、花瓶の花を始終扱いつけていたので自然に覚えたのだそうですが、通りすがりの門の中なぞに、たまたま温室があったりすると、彼女は眼敏くも直ぐ立ち止まって、

「まあ、綺麗な花!」

と、さも嬉しそうに叫んだものです。

「じゃ、ナオミちゃんは何の花が一番好きだね」

と、尋ねてみたとき、

「あたし、チューリップが一番好きよ」

と、彼女はそう云ったことがあります。

浅草の千束町のような、あんなゴミゴミした路次の中に育ったので、却ってナオミは反動的にひろびろとした田園を慕い、花を愛する習慣になったのでありましょうか。菫、たんぽぽ、げんげ、桜草、―――そんな物でも畑の畔や田舎道などに生えていると、忽ちチョコチョコと駆けて行って摘もうとする。そして終日歩いているうちに彼女の手には摘まれた花が一杯になり、幾つとも知れない花束が出来、それを大事に帰り途まで持って来ます。