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ちじんのあい

痴人の愛

谷崎 潤一郎

「大阪朝日新聞」1924(大正13)年3月~5月<br>「女性」1924(大正13)年11月~1925(大正14)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 179,399 字 · 353 页

青空文庫

のでした。

「おかみさん、僕はこれから出かけて来ますが、もし行き違いに戻って来ても、僕が帰って来たことは何卒黙っていて下さい、少し考があるんですから」

そう云い捨てて、私は表へ飛び出しました。

海浜ホテルの前へ出て、教えられた路を、成るべく暗い蔭に寄りながら辿って行きました。そこは両側に大きな別荘の並んでいる、森閑とした、夜は人通りの少い街で、いい塩梅にそう明るくはありませんでした。とある門燈の光の下で、私は時計を出して見ました。十時がやっと廻ったばかりのところでした。その大久保の別荘というのに、熊谷と二人きりでいるのか、それとも例の御定連と騒いでいるのか、とにかく現場を突き止めてやりたい。若し出来るなら彼等に感づかれないようにコッソリ証拠を掴んで来て、あとで彼等がどんなしらじらしい出まかせを云うか試してやりたい。そして動きが取れないようにして置いて、トッチメてやりたいと思ったので、私は歩調を早めて行きました。

目的の家はすぐ分りました。私は暫くその前通りを往ったり来たりして、構えの様子を窺いましたが、立派な石の門の内にはこんもりとした植込みがあり、その植込みの間を縫うて、ずっと奥まった玄関の方へ砂利を敷き詰めた道があり、「大久保別邸」