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ちじんのあい

痴人の愛

谷崎 潤一郎

「大阪朝日新聞」1924(大正13)年3月~5月<br>「女性」1924(大正13)年11月~1925(大正14)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 179,399 字 · 353 页

青空文庫

従って部屋の取り方などは随分不便に出来ていました。いやにだだッ広いアトリエと、ほんのささやかな玄関と、台所と、階下にはたったそれだけしかなく、あとは二階に三畳と四畳半とがありましたけれど、それとて屋根裏の物置小屋のようなもので、使える部屋ではありませんでした。その屋根裏へ通うのにはアトリエの室内に梯子段がついていて、そこを上ると手すりを繞らした廊下があり、あたかも芝居の桟敷のように、その手すりからアトリエを見おろせるようになっていました。

ナオミは最初この家の「風景」を見ると、

「まあ、ハイカラだこと! あたしこう云う家がいいわ」

と、大そう気に入った様子でした。そして私も、彼女がそんなに喜んだので直ぐ借りることに賛成したのです。

多分ナオミは、その子供らしい考で、間取りの工合など実用的でなくっても、お伽噺の挿絵のような、一風変った様式に好奇心を感じたのでしょう。たしかにそれは呑気な青年と少女とが、成るたけ世帯じみないように、遊びの心持で住まおうと云うにはいい家でした。前の絵かきとモデル女もそう云うつもりで此処に暮らしていたのでしょうが、実際たった二人でいるなら、あのアトリエの一と間だけでも、寝たり起きたり食ったりするには十分用が足りたのです。