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ちじんのあい
痴人の愛
谷崎 潤一郎
「大阪朝日新聞」1924(大正13)年3月~5月<br>「女性」1924(大正13)年11月~1925(大正14)年7月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 179,399 字 · 353 页
「それはよほど前からなんです。多分あなたが僕を御存じにならない時分、………」
「じゃ、いつだったか君に始めて会ったことがありましたっけね、―――あれは去年の秋だったでしょう、僕が会社から帰って来ると、花壇のところで君がナオミと立ち話をしていたのは?」
「ええ、そうでした、かれこれちょうど一年になります。―――」
「すると、もうあの時分から?―――」
「いや、あれよりもっと前からでした。僕は去年の三月からピアノを習いに、杉崎女史の所へ通い出したんですが、あすこで始めてナオミさんを知ったんです。それから間もなく、何でも三月ぐらい立ってから、―――」
「その時分は何処で逢ってたんです?」
「やっぱり此処の、大森のお宅でした。午前中はナオミさんは何処へも稽古に行かないし、独りで淋しくって仕様がないから遊びに来てくれと云われたんで、最初はそのつもりで訪ねて来たんです」
「ふん、じゃ、ナオミの方から遊びに来いと云ったんですね?」
「ええ、そうでした。それに僕はあなたと云うものがあることを、全く知りませんでした。自分の国は田舎の方だものだから、大森の親類へ来ているので、あなたと従兄妹同士の間柄だと、ナオミさんは云っていました。