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ちじんのあい

痴人の愛

谷崎 潤一郎

「大阪朝日新聞」1924(大正13)年3月~5月<br>「女性」1924(大正13)年11月~1925(大正14)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 179,399 字 · 353 页

青空文庫

肌の白さに至っては、いくら視詰めても全く生地の皮膚のようで、お白粉らしい痕がありません。それに白いのは顔ばかりでなく、肩から、腕から、指の先までがそうなのですから、もしお白粉を塗ったとすれば全身へ塗っていなければならない。で、この不可解なえたいの分らぬ妖しい少女、―――それはナオミであると云うよりも、ナオミの魂が何かの作用で、或る理想的な美しさを持つ幽霊になったのじゃないかしらん? と、私はそんな気さえしました。

「ねえ、いいでしょう、二階へ荷物を取りに行っても?―――」

と、ナオミの幽霊はそう云いました、が、その声を聞くと矢張いつものナオミであって、確かに幽霊ではありません。

「うん、それはいい、………それはいいが、………」

と、私は明かに慌てていたので、少し上ずった口調で云いました。

「………お前、どうして表の戸を開けたんだ?」

「どうしてッて、鍵で開けたわ」

「鍵はこの前、此処へ置いて行ったじゃないか」

「鍵なんかあたし、幾つもあるわよ、一つッきりじゃないことよ」

その時始めて、彼女の紅い唇が突然微笑を浮かべたかと思うと、媚びるような、嘲るような眼つきをしました。