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ちじんのあい
痴人の愛
谷崎 潤一郎
「大阪朝日新聞」1924(大正13)年3月~5月<br>「女性」1924(大正13)年11月~1925(大正14)年7月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 179,399 字 · 353 页
ねえ、いいでしょ? それならちっとも差支えないでしょ?」
「それも何だか、妙なもんだよ」
「何が妙なの? 昔夫婦でいた者が、友達になるのがなぜ可笑しいの? それこそ旧式な、時勢後れの考じゃなくって?―――ほんとうにあたし、以前のことなんかこれッぱかしも思っていないのよ。そりゃ今だって、若し譲治さんを誘惑する気なら、此処で直ぐにもそうしてしまうのは訳なしだけれど、あたし誓って、そんな事はきっとしないわ。折角譲治さんが決心したのに、それをグラツカせちゃ気の毒だから。………」
「じゃ、気の毒だと思って憐れんでやるから、友達になれと云う訳かね?」
「何もそう云う意味じゃないわ。譲治さんだって憐れまれたりしないように、シッカリしていればいいじゃないの」
「ところがそれが怪しいんだよ、今シッカリしている積りだが、お前と附き合うとだんだんグラツキ出すかも知れんよ」
「馬鹿ね、譲治さんは。―――それじゃ友達になるのはいや?」
「ああ、まあいやだね」
「いやならあたし、誘惑するわよ。―――譲治さんの決心を蹈み躪って、滅茶苦茶にしてやるわよ」
ナオミはそう云って、冗談ともつかず、真面目ともつかず、変な眼つきでニヤニヤしました。