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ちじんのあい
痴人の愛
谷崎 潤一郎
「大阪朝日新聞」1924(大正13)年3月~5月<br>「女性」1924(大正13)年11月~1925(大正14)年7月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 179,399 字 · 353 页
以前、夫婦でいた時分にはこんな馬鹿なことはなかったんだ、己がこうして寝ている傍に彼女もいたんだ、そう思うと、私は無上に口惜しくてなりませんでした。壁一重の向うでは、ナオミが頻りに、―――或はわざとそうするのか、―――ドタンバタンと、床に地響きをさせながら、布団を敷いたり、枕を出したり、寝支度をしています。あ、今髪を解かしているな、着物を脱いで寝間着に着換えているところだなと、それらの様子が手に取るように分ります。それからぱッと夜具をまくったけはいがして、続いてどしんと、彼女の体が布団の上へ打っ倒れる音が聞えました。
「えらい音をさせるなあ」
と、私は半ば独り言のように、半ば彼女に聞えるように云いました。
「まだ起きているの? 寝られないの?」
と、壁の向うから直ぐとナオミが応じました。
「ああ、なかなか寝られそうもないよ、―――己はいろいろ考え事をしているんだ」
「うふふふ、譲治さんの考え事なら、聞かないでも大概分っているわ」
「だけども、実に妙なもんだよ。現在お前がこの壁の向うに寝ているのに、どうすることも出来ないなんて」
「ちっとも妙なことはないわよ。ずっと昔はそうだったじゃないの、あたしが始めて譲治さんの所へ来た時分は。