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ちじんのあい

痴人の愛

谷崎 潤一郎

「大阪朝日新聞」1924(大正13)年3月~5月<br>「女性」1924(大正13)年11月~1925(大正14)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 179,399 字 · 353 页

青空文庫

ナオミは今しも、風呂の帰りに戸外の風に吹かれて来たので、湯上り姿の最も美しい瞬間にいました。その脆弱な、うすい皮膚は、まだ水蒸気を含みながらも真っ白に冴え、着物の襟に隠れている胸のあたりには、水彩画の絵の具のような紫色の影があります。顔はつやつやと、ゼラチンの膜を張ったかの如く光沢を帯び、ただ眉毛だけがじっとりと濡れていて、その上にはカラリと晴れた冬の空が、窓を透してほんのり青く映っています。

「どうしたんだい、朝ッぱらから湯になんぞ這入って」

「どうしたって大きなお世話よ。―――ああ、いい気持だった」

と、彼女は鼻の両側を平手でハタハタと軽く叩いて、それからぬうッと、顔を私の眼の前へ突き出しました。

「ちょいと! よく見て頂戴、髭が生えてる?」

「ああ、生えてるよ」

「ついでにあたし、床屋へ寄って顔を剃って来ればよかったっけ」

「だってお前は剃るのが嫌いだったじゃないか。西洋の女は決して顔を剃らないと云って。―――」

「だけどこの頃は、亜米利加なんかじゃ顔を剃るのが流行っているのよ。ね、あたしの眉毛を御覧なさい、亜米利加の女はこんな工合にみんな眉毛を剃っているから」