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ちじんのあい

痴人の愛

谷崎 潤一郎

「大阪朝日新聞」1924(大正13)年3月~5月<br>「女性」1924(大正13)年11月~1925(大正14)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 179,399 字 · 353 页

青空文庫

あの大地震で山手の方は残らず焼けてしまいましたが、本牧は助かった所が多く、私の家も壁に亀裂が出来たぐらいで、殆どこれと云う損害もなしに済んだのは、全く何が仕合わせになるか分りません。ですから私たちは、今でもずっとこの家に住んでいる訳なのです。

私はその後、計画通り大井町の会社の方は辞職をし、田舎の財産は整理してしまって、学校時代の二三の同窓と、電気機械の製作販売を目的とする合資会社を始めました。この会社は、私が一番の出資者である代りに、実際の仕事は友達がやってくれているので、毎日事務所へ出る必要はないのですが、どう云う訳か、私が一日家にいるのをナオミが好まないものですから、イヤイヤながら日に一遍は見廻ることにしてあります。私は朝の十一時頃に、横浜から東京に行き、京橋の事務所へ一二時間顔を出して、大概夕方の四時頃には帰って来ます。

昔は非常な勤勉家で、朝は早起きの方でしたけれども、この頃の私は、九時半か十時でなければ起きません。起きると直ぐに、寝間着のまま、そっと爪先で歩きながら、ナオミの寝室の前へ行って、静かに扉をノックします。しかしナオミは私以上に寝坊ですから、まだその時分は夢現で、