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ちじんのあい
痴人の愛
谷崎 潤一郎
「大阪朝日新聞」1924(大正13)年3月~5月<br>「女性」1924(大正13)年11月~1925(大正14)年7月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 179,399 字 · 353 页
「ふん」
と、微かに答える時もあり、知らずに寝ている時もあります。答があれば私は部屋へ這入って行って挨拶をし、答がなければ扉の前から引き返して、そのまま事務所へ出かけるのです。
こう云う風に、私たち夫婦はいつの間にか、別々の部屋に寝るようになっているのですが、もとはと云うと、これはナオミの発案でした。婦人の閨房は神聖なものである、夫といえども妄りに犯すことはならない、―――と、彼女は云って、広い方の部屋を自分が取り、その隣りにある狭い方のを私の部屋にあてがいました。そうして隣り同士とは云っても、二つの部屋は直接つながってはいないのでした。その間に夫婦専用の浴室と便所が挟まっている、つまりそれだけ、互に隔たっている訳で、一方の室から一方へ行くには、そこを通り抜けなければなりません。
ナオミは毎朝十一時過ぎまで、起きるでもなく睡るでもなく、寝床の中でうつらうつらと、煙草を吸ったり新聞を読んだりしています。煙草はディミトリノの細巻、新聞は都新聞、それから雑誌のクラシックやヴォーグを読みます。いや読むのではなく、中の写真を、―――主に洋服の意匠や流行を、―――一枚々々丁寧に眺めています。