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ちじんのあい

痴人の愛

谷崎 潤一郎

「大阪朝日新聞」1924(大正13)年3月~5月<br>「女性」1924(大正13)年11月~1925(大正14)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 179,399 字 · 353 页

青空文庫

。私は今でもナオミが極まり悪そうに自分のパラソルを袂の蔭へ隠したことを覚えています。それもその筈で、そのパラソルは新調のものではありましたが、誰の目にも七八円の安物としか思われないような品でしたから。

で、私たちは三橋にしようか、思い切って海浜ホテルへ泊ろうかなどと、そんな空想を描いていたに拘わらず、その家の前まで行って見ると、先ず門構えの厳めしいのに圧迫されて、長谷の通りを二度も三度も往ったり来たりした末に、とうとう土地では二流か三流の金波楼へ行くことになったのです。

宿には若い学生たちが大勢がやがや泊っていて、とても落ち着いてはいられないので、私たちは毎日浜でばかり暮らしました。お転婆のナオミは海さえ見れば機嫌がよく、もう汽車の中でしょげたことは忘れてしまって、

「あたしどうしてもこの夏中に泳ぎを覚えてしまわなくっちゃ」

と、私の腕にしがみ着いて、盛んにぼちゃぼちゃ浅い所で暴れ廻る。私は彼女の胴体を両手で抱えて、腹這いにさせて浮かしてやったり、シッカリ棒杭を掴ませて置いて、その脚を持って足掻き方を教えてやったり、わざと突然手をつッ放して苦い潮水を飲ましてやったり、それに飽きると波乗の稽古をしたり、浜辺にごろごろ寝ころびながら砂いたずらをしてみたり、夕方からは舟を借りて沖の方まで漕いで行ったり、―――そして、