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ちじんのあい
痴人の愛
谷崎 潤一郎
「大阪朝日新聞」1924(大正13)年3月~5月<br>「女性」1924(大正13)年11月~1925(大正14)年7月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 179,399 字 · 353 页
そして彼女が悧巧そうに感ぜられたのも、やっぱりそのせいだったかも知れません。
ここで私は、私自身の経歴を説明して置く必要がありますが、私は当時月給百五十円を貰っている、或る電気会社の技師でした。私の生れは栃木県の宇都宮在で、国の中学校を卒業すると東京へ来て蔵前の高等工業へ這入り、そこを出てから間もなく技師になったのです。そして日曜を除く外は、毎日芝口の下宿屋から大井町の会社へ通っていました。
一人で下宿住居をしていて、百五十円の月給を貰っていたのですから、私の生活は可成り楽でした。それに私は、総領息子ではありましたけれども、郷里の方の親やきょうだいへ仕送りをする義務はありませんでした。と云うのは、実家は相当に大きく農業を営んでいて、もう父親は居ませんでしたが、年老いた母親と、忠実な叔父夫婦とが、万事を切り盛りしていてくれたので、私は全く自由な境涯にあったのです。が、さればと云って道楽をするのでもありませんでした。先ず模範的なサラリー・マン、―――質素で、真面目で、あんまり曲がなさ過ぎるほど凡庸で、何の不平も不満もなく日々の仕事を勤めている、―――当時の私は大方そんな風だったでしょう。