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ちじんのあい

痴人の愛

谷崎 潤一郎

「大阪朝日新聞」1924(大正13)年3月~5月<br>「女性」1924(大正13)年11月~1925(大正14)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 179,399 字 · 353 页

青空文庫

お召だの縮緬だのって、そんな高い物でなくってもいい。めりんすや銘仙で沢山だから、意匠を奇抜にすることだね」

こんな話の末に、私たちはよく連れ立って方々の呉服屋や、デパートメント・ストーアへ裂地を捜しに行ったものでした。殊にその頃は、殆ど日曜日の度毎に三越や白木屋へ行かないことはなかったでしょう。とにかく普通の女物ではナオミも私も満足しないので、これはと思う柄を見つけるのは容易でなく、在り来たりの呉服屋では駄目だと思って、更紗屋だの、敷物屋だの、ワイシャツや洋服の裂を売る店だの、わざわざ横浜まで出かけて行って、支那人街や居留地にある外国人向きの裂屋だのを、一日がかりで尋ね廻ったことがありましたっけが、二人ともくたびれ切って足を摺粉木のようにしながら、それからそれへと何処までも品物を漁りに行きます。路を通るにも油断をしないで、西洋人の姿や服装に目をつけたり、到る処のショウ・ウインドウに注意します。たまたま珍しいものが見つかると、

「あ、あの裂はどう?」

と叫びながら、すぐその店へ這入って行ってその反物をウインドウから出して来させ、彼女の身体へあてがって見て頤の下からだらりと下へ垂らしたり、胴の周りへぐるぐると巻きつけたりする。