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ちじんのあい
痴人の愛
谷崎 潤一郎
「大阪朝日新聞」1924(大正13)年3月~5月<br>「女性」1924(大正13)年11月~1925(大正14)年7月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 179,399 字 · 353 页
「ああ、先生、―――ちょいと、杉崎先生よ」
ナオミはそう云って、私の手を執って、その婦人のいるソオファの方へ引っ張って行きました。
「あの、先生、御紹介いたします、―――河合譲治―――」
「ああ、そう、―――」
と、杉崎女史はナオミが赧い顔をしたので、皆まで聞かずにそれと意味を悟ったらしく、立ち上って会釈しながら、
「―――お初にお目に懸ります、わたくし、杉崎でございます。ようこそお越し下さいました。―――ナオミさん、その椅子を此方へ持っていらっしゃい」
そして再び私の方を振り返って、
「さあ、どうぞおかけ遊ばして。もう直きでございますけれど、そうして立ってお待ちになっていらしっちゃ、おくたびれになりますわ」
「………」
私は何と挨拶したかハッキリ覚えていませんが、多分口の中でもぐもぐやらせただけだったでしょう。この、「わたくし」と云うような切口上でやって来られる婦人連が、私には最も苦手でした。そればかりでなく、私とナオミとの関係をどう云う風に女史が解釈しているのか、ナオミがそれをどの点までほのめかしてあるのか、ついうっかりして質して置くのを忘れたので、尚更どぎまぎしたのでした。