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ちじんのあい

痴人の愛

谷崎 潤一郎

「大阪朝日新聞」1924(大正13)年3月~5月<br>「女性」1924(大正13)年11月~1925(大正14)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 179,399 字 · 353 页

青空文庫

と云う奴が、又私には分りませんでしたが、よく聞いて見ると“more more”と云う意味なのです。「ジェントルマン」を「ジェンルマン」、「リットル」を「リルル」、総べてそう云う発音の仕方で話の中へ英語を挟みます。そして日本語にも一種奇妙なアクセントがあって、三度に一度は「何でございますわ」を連発しながら、油紙へ火がついたように際限もなくしゃべるのです。

それから再びシュレムスカヤ夫人の話、ダンスの話、語学の話、音楽の話、………ベトオヴェンのソナタが何だとか、第三シンフォニーがどうしたとか、何々会社のレコードは何々会社のレコードより良いとか悪いとか、私がすっかりしょげて黙ってしまったので、今度は女史を相手にしてぺらぺらやり出すその口ぶりから推察すると、このブラウン氏の夫人というのは杉崎女史のピアノの弟子ででもありましょうか。そして私はこんな場合に、「ちょっと失礼いたします」と、いい潮時を見計って席を外すと云うような、器用な真似が出来ないので、この饒舌家の婦人の間に挟まった不運を嘆息しながら、否でも応でもそれを拝聴していなければなりませんでした。

やがて、髭のドクトルを始めとして石油会社の一団の稽古が終ると、女史は私とナオミとをシュレムスカヤ夫人の前へ連れて行って、最初にナオミ、次に私を、―――これは多分レディー