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いしかりがわ
石狩川
本庄 陸男
「石狩川」大観堂、1939(昭和14)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 253,535 字 · 506 页
先に立って木立ちを縫い、低みへ低みへといそぐ阿賀妻であった。玉目三郎もおくれてはいなかった。ここまで来ては後にかえすも前に進むも、自分ひとりの考えでは仕末が出来なかった。そう思った刹那彼の心は阿賀妻の意志の下に繋がれていた。
「流れる水がある筈だ、玉目どの――」と、阿賀妻はときどき立ちどまった。耳を澄して聞きわけようとした。雨の音だけであった。樹林はそうそうとざわめいて、遠い潮騒を聞くようであった。
また立ちどまって阿賀妻は云った。
「聞えて来ましたな?」
玉目三郎は耳をそばだてて暗やみを眺めた。
「まさにこの下に当る!」
重ねてそう云った阿賀妻は熊笹のしげみにさっと身を躍らした。あッと云うまもなかった。がさッと鳴った葉ずれの底に彼の身体は消えていた。
笹は弾力のある茎をはねあげ、ひろい葉の表に雨はばさばさと砕けていた。しぶきをあげる水滴が夜目にも白かった。
「在った、あった!」
やがて底の方でそう叫ぶうれしげな声が聞えた。太い余韻がひろがって行った。
谷におりたならば水があるのは当然であろう――玉目三郎には、それほど歓喜する阿賀妻の気持が測りかねた。