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いしかりがわ

石狩川

本庄 陸男

「石狩川」大観堂、1939(昭和14)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 253,535 字 · 506 页

青空文庫

松の葉が散って来るのだ。黒い濠の空気がひやりと来た。濠を越えるとやがて武家屋敷であった。

彼は歩をゆるめて、ふりかえって云った。

「お呼び立てして相済みませぬ」

「いや、いや」

「ちと、折入ってお願いいたしたいことがございまして」

「おぬしの住居にまいれと云うわけか」

「勝手ながら――」

「まアよいさ、屋敷があるならば、こちらが招かねばならぬものかも知れん、のう?」

阿賀妻はそう云ってすっとその前を通りぬけた。肩先で切った黒い風が、むっとする酒の臭いをふくんで吉原の顔にぶっつかった。すると、彼は薙ぎはらわれたようにくら闇のなかで首を外らしていた。

「おそれ入ります」

「はは、馴れてるよ」と阿賀妻は前を歩きながら云った。

「はア?――」

「それに何だ――今じゃア家老とか藩士とかいう隔てもないわけだ、同じくみんな朋輩だ、ここらあたりか」

彼は立ちどまった。ぴりっと勘にひびくものがあった。

吉原兵太郎は駈けだして行った。門が内から開いた。格子戸を洩れる燈火がちらっと遮られた。黒い大きなかげがよぎったのだ。

阿賀妻はくすんと鼻を鳴らした。

がらりと格子戸が開けられた。あんどんの灯が足もとににぶく流れて来た。