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いしかりがわ

石狩川

本庄 陸男

「石狩川」大観堂、1939(昭和14)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 253,535 字 · 506 页

青空文庫

阿賀妻は腰の刀を取って左手に持ち、床柱にもたれて立っていた。大きな呼吸を吐いた。頭をふってみた。酔っているためだろう、われながらむかむかして、坐る気になれなかった。それをもう一人の平静な彼がどこかで眺めていた。油断してはならぬというそのものの声と、何をこれしきのことと――鼻で嘲けるいらいらした声が、彼の頭のなかで喚きあっていた。

――平静な彼は、こういう家中の空気もあり得るものとして感じ取っていた。そのことを一番つよく懸念していたのも阿賀妻であり、従って、その責任を取らねばならぬのもむろん彼であった。そういう立場を彼はそのまま肯定している。それ故にまた彼は、あたえられた任務にどこまでも耐えようとした。どっかりと腰をすえ、耐え得るものと自ら信じていた。彼のおかれた位置は、そうするより他に手がなかった。少しも無理のない――流れる水のようなものであった。心配召さるな、と、彼は今朝がたも隠居の舅たちに云った。それでも舅は婿の身を気づかって下男を供につけた。墓参を済ましたところに邦夷の使いであった。――何と云われましょうとも、と彼はお答えした、――これを措いて、われらの生きるすべはございませんです、自信をもって、と彼は口を結んだ。