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いしかりがわ

石狩川

本庄 陸男

「石狩川」大観堂、1939(昭和14)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 253,535 字 · 506 页

青空文庫

誰かの手が襖をあけて、人気のない表の間がさむざむと見えた。何故か阿賀妻には、そこを歩いて行くのが最も自然であると思われた。

彼はそうした。この家の下男がとんで来て履物をそろえた。沓脱ぎ石の上でそれをつっかけながら、左手に握っている刀のさげ緒を右手でびんびん引っぱっているのであった。どンと土間におりて、「ああ、わが赤心、――」と呟いた、「国に報いんと欲す」

格子戸の錠前が外された。彼のために開けられた通路を、彼はゆったり、夜更けた戸外の空気に歩いて行った。肌寒い夜風が襟に吹きこんだ。「蓑笠――」と彼は口につぶやき、刀を腰におとして袂のなかに腕を組んだ、「――独り耕す石水の浜」

石水と云えば、彼には、茫洋とした石狩川の流れが見えて来る。その畔りにある膏ぎった処女地も浮んで来る。

「噫我赤心欲報国」と起し、「蓑笠独耕石水浜」と結んだ。自分にはそれだけ云えば納得出来る。しかし、もう一人の自分には、国に報ぜんとする心が、わびしくも、独り耕そうと変ったこの事情が、わかり兼ねるだろう。

門のかんぬきが抜かれて、観音びらきに開かれたあちらには黒い夜がひしめいていた。