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いしかりがわ
石狩川
本庄 陸男
「石狩川」大観堂、1939(昭和14)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 253,535 字 · 506 页
身近な彼らに、その思いがどれほど隔っていると云われるだろう。しかし、当人は今ではそんなことはどうでもよかった。彼は汗ばんでいた。「忠言却添郷友恨、直言猶招県吏疑――」と書いて行った。
それを皆が見つめていた。自分の周囲にいる人間がさい前よりうんと多くなったことをぼんやり感じながら、阿賀妻は一気に最後の句を書き足した。
「敗残至此有何策、蓑笠独耕石水浜」
落款をしてそして身体を起した。すッとあたりが明るくなった。外した右手の袖を入れて襟を正し、まだ濡れている自分の文字を眺めていた。見物していたものが散ったのであろう、あたりにすーッと風が通った。
彼は眼をあげて、横から見おろしているものを見たのだ。
はッと阿賀妻は蒼ざめていた。彼は横ッとびに座をすべった。夢かも知れなかった。夢でなければまさにお家の一大事であった。
その家のものは面くらってかたくなっていた。この文言と、この思いがけぬ椿事に、不吉な連関があるような気がした。
主君邦夷が自身で立っていたのだ。この早朝、彼は二三の供をつれて自ら出向いて来た。
立って、彼は書かれた一連の文句を口ずさんでいた。