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いしかりがわ
石狩川
本庄 陸男
「石狩川」大観堂、1939(昭和14)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 253,535 字 · 506 页
――その賤しい一筋の思いが、彼をして行方定めぬ旅に立たせる。背の荷にしょい込んだ幾枚かの大鋸小鋸と何十丁かの鑢が、彼の生命であり財産でもあった。拓けて行く蝦夷は彼らの餌食であった。百姓では食って行けない越後平野の百姓が、その鉄を鍛えあげている。野鍛冶から発達した田舎の藁家の庭でつくられる。その製品が、人間の行くところ、うしろにぴったりくっ附いて歩いているのだ。死ぬか生きるかと云うほどに悲愴がって、隊を組んでやって来たこの士族らの前に、彼らに、鋸の取り扱いを教えてやろうと勇んでやって来る。なアにおまんまのためですよ、と笑って、大切な書状を運んでくれる――
年の若い高倉祐吉は、こういう人間には何かたじたじとする驚きを覚えた。
「それも仲間のあとを廻ったんじゃアしょうが無え、なかなか骨が折れますよ、泉州のやつなんぞに道伴れになりァ型なしでがんす、堺の刃物と云えば、文句なしに上ものとしてまさ、それにこの頃じゃア、四国は高知の刃ものがぽつぽつはいって来やしたで――」
「奥方やご子息は無いのかな」
「ヘッヘッヘ――」と彼はまた笑った、「奥方ちゅうほどのものは持っちゃいませんが、一人のかかあと二人の子供は郷里に置いとるんですがね、――父は、へえ、今ごろは何処をうろついていンだか、と、ときには憶いだすこともあンでしょう――