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どうひょう

道標

宮本 百合子

第一部「展望」筑摩書房、1947(昭和22)年10月号~1948(昭和23)年8月号<br> 第二部「展望」筑摩書房、1948(昭和23)年9月号~1949(昭和24)年5月号<br> 第三部「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年10月号~1950(昭和25)年2月号、1950(昭和25)年4月~12月号<br> 資料「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年8、9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 846,457 字 · 1672 页

青空文庫

「気分は大丈夫?」

「ええ」

かわす言葉はそれぐらいだったが、それでも二人がだまって互に近くいるそのことに、悲しくせわしい事務の間の、やすらぎがあるのだった。悲しみも一人の胸に、事務的な判断も一人の肩にかかっている須美子に、そういう瞬間が必要なのだった。

その晩は八時すぎに、伸子ひとりだけ帰った。磯崎の客間で夜どおしをするのが男のひとたちばかりなら、又それとして男のひとたちにも、くつろぎかたがあり、したがって須美子にもくつろぐときがあるらしかった。

五

磯崎の葬式がすんで二日めの午後、マダム・ラゴンデールの授業をうけるために帰ったホテルの屋根裏部屋で、伸子はながいこと一人でいた。

ペレールのうちのものたちにとっては伸子の友達の磯崎恭介が、このパリで急死して、あとには小さい子供とのこされた若い妻がいるというようなことは、まるでかかわりない生活の気分だった。伸子は、この数日、ひとり痛む心をもって、デュト街の須美子の家とペレールの家、自分の屋根裏部屋と、まわって暮した。

だまって、じっとしていたい心持になっている伸子は、往来越しに向い側の建物のてっぺんにある露台が見えるディヴァンの上で、おもちゃの白い猿を片方の腕に抱いてよこになっていた。