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どうひょう

道標

宮本 百合子

第一部「展望」筑摩書房、1947(昭和22)年10月号~1948(昭和23)年8月号<br> 第二部「展望」筑摩書房、1948(昭和23)年9月号~1949(昭和24)年5月号<br> 第三部「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年10月号~1950(昭和25)年2月号、1950(昭和25)年4月~12月号<br> 資料「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年8、9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 846,457 字 · 1672 页

青空文庫

「わたし、お暇いたしますわ、お加減がわるくてお帰りになったんでしょう?」

「まあ、もうちょっとそうやっていて」

多計代もこの調子では夕飯のために外出はできまいから、いっそ、みんなうちで、日本弁当をとどけさせてすませるのも一つの方法だと伸子は思いついた。デュトの家の食事ばかりしている須美子に、日本風のさしみでも御馳走したいと計画していたのだった。

伸子は泰造に相談してみた。

「それもいいだろう。――だがおっかさんに一応きいてからの方が無事だよ」

寝室へゆくと、伸子が何とも云い出さないうちに多計代が枕の上から白眼がちの眼づかいで娘を見上げた。

「だれをお湯へいれたんだい」

ベルの音をきいたとき、まっさきに伸子の頭に閃いたのは、浴室にまだこもっているにちがいない湯気やシャボンの匂いのことだった。多計代は、つや子からきいて、もうわかっていないはずはないのに、伸子にそれをきくのは、悶着の口火のためなのだ。

しずかに友愛のただよっていた雰囲気は、いちどきに変った。多計代の状態のわるいとき、佐々の家族をおしつつむ不安な空気がみなぎりだした。それが、病気そのものについての不安ではなくて、神経的なものであるだけ、つましい気立ての須美子をいたたまらなくさせ、伸子も、気の毒でとめようがなくなった。