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どうひょう
道標
宮本 百合子
第一部「展望」筑摩書房、1947(昭和22)年10月号~1948(昭和23)年8月号<br> 第二部「展望」筑摩書房、1948(昭和23)年9月号~1949(昭和24)年5月号<br> 第三部「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年10月号~1950(昭和25)年2月号、1950(昭和25)年4月~12月号<br> 資料「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年8、9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 846,457 字 · 1672 页
「そこですよ! 教授、アチヤ」
主人のベルネは満足そうに、椅子の背にぐっともたれて両方の脚をテーブルの下にぐっとつき出しながら肯いた。フランシーヌが今にも鼻声の出そうな眼つきをして頸をくねらせ、母親へ目まぜした。細君はとりあわない。フランシーヌは日ごろから、親が洗濯屋だということを、いやがっているのだ。
「われわれの商売は、そりゃ正直な商売ですさ」
食卓のまわりの話題は、いつか、燃料がたかくなって洗濯業の儲けはいよいよ減って来るという話に移って行った。それからまたアメリカの恐慌にもどって、日本の生糸、絹織物の輸出は当然大きい打撃を蒙るだろう。ヨーロッパで最も直接の混乱におかれるのはドイツであるという蜂谷の話になった。ベルネの一家は幸いドイツ人でないし、アチヤは教授であり、マドモアゼルは作家であって、日本の絹の輸出商でなかったことは何よりだった。ベルネ家の、味のよくない葡萄酒つき晩餐は、そういうところで終りになった。
ともかく自分たち一家に急な打撃が来ないとわかると、ベルネの人たちは、赤い手のおばあさんからフランシーヌにいたるまで、恐慌に対して全く平静になった。