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どうひょう
道標
宮本 百合子
第一部「展望」筑摩書房、1947(昭和22)年10月号~1948(昭和23)年8月号<br> 第二部「展望」筑摩書房、1948(昭和23)年9月号~1949(昭和24)年5月号<br> 第三部「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年10月号~1950(昭和25)年2月号、1950(昭和25)年4月~12月号<br> 資料「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年8、9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 846,457 字 · 1672 页
彼女が送って来た九十九円七十五銭の為替と、それをもらってよろこんだ伸子が、素子にかいた下手ながら愉しい絵入りの手紙が思い出された。すすり泣きにかわりそうなふるえが伸子をつらぬいて走った。伸子のパリの生活は、素子をだましていることになるのだろうか。
モスク※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82)へかく手紙から伸子は、最近おこっている蜂谷良作とのふたしかな感覚のひきあいについて省略している。それが一つのうそであるというならば、伸子は素子に対して正直ではなくなっている。けれども、三十歳になっている一人の女として、素子の立ちいらないどんな感情の小道も経験してはいけないとされても、それは伸子に出来ないことだった。佐々の家のものがみんなでロンドンにいたことで、伸子のロンドンでの生活感情の全部が素子に確保されていたと思うなら、素子はひとの心というものを知らなすぎる。利根亮輔の、人生と学問との上に機智をたのしんでいる態度に、伸子が多くの批評をもったからと云って、それが伸子の意識の底にどんな地位も彼が占めなかった証拠ではなかった。
伸子は、たしかに、ひとりになってからの生活に起伏する何ごとかについては沈黙して来ている。