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どうひょう
道標
宮本 百合子
第一部「展望」筑摩書房、1947(昭和22)年10月号~1948(昭和23)年8月号<br> 第二部「展望」筑摩書房、1948(昭和23)年9月号~1949(昭和24)年5月号<br> 第三部「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年10月号~1950(昭和25)年2月号、1950(昭和25)年4月~12月号<br> 資料「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年8、9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 846,457 字 · 1672 页
その文学者である弟を中心として武島裕吉を回想する座談会がもたれた席上、弟である作家が、こんな意味のことを云った。兄貴も、もう一年がんばり通せば、死のうとなんか思わなくなったにちがいないんだ。あの震災を通れば、死のうとなんか思わなくなったにちがいないんだ、と。ある文芸雑誌でその談話を読んだとき、伸子は、いつまでも忘れることの出来ない印象をうけた。弟である作家がそう云ったのは、震災火災であれだけの人死にをみれば、生きていることのよさが身にしみて、自分から命をすてるようなことは考えなかったろうという意味かもしれなかった。この弟である作家は、日常生活もその文学の出発も兄である武島裕吉が西欧のヒューマニズムに立っているのとは対照的で、日本式な花柳放蕩のうちにも仏心の多情を肯定するという人生態度であった。彼は兄の死を敗北として、事件当時から肯定していなかった。震災を通りぬければ死になんぞしないですんだんだ、という言葉を、きわめて異常に利用された天災ののちの空気のなかで、そこに生じたのはただの天災であったように云われるのをきくと、伸子は実に妙な気がした。武島裕吉が死んだ三ヵ月のちにおこった関東地方の大震災では、混乱に乗じて各地に大量の朝鮮人虐殺がおこり、亀戸署では平沢計七のほか九名の労働運動者が官憲によって殺され、屍