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どうひょう
道標
宮本 百合子
第一部「展望」筑摩書房、1947(昭和22)年10月号~1948(昭和23)年8月号<br> 第二部「展望」筑摩書房、1948(昭和23)年9月号~1949(昭和24)年5月号<br> 第三部「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年10月号~1950(昭和25)年2月号、1950(昭和25)年4月~12月号<br> 資料「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年8、9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 846,457 字 · 1672 页
観客の笑いそのものが、伸子に苦しかった。その晩、メイエルホリドの観客席は、まるで笑いのためにそこに来ていて、爆笑を準備しているようだった。ある諷刺的な科白や場面へ来ると、待ちかねていたように、どっと笑った。しかしその数百の笑いは、笑いどよめくという風なたちの笑いかたではなくてどっと笑ってしまうと、それっきりぷつんと笑いの尾はきれてしまう、余韻のない笑いかただった。人生のユーモアがあって、思わず笑う心の笑いではなくて、伸子が感じるままに云えば、それは五ヵ年計画というものによって示される神経反射の一つのようだった。
芝居ずきの素子は、腹立たしそうに、残念そうにつぶやいた。
「こんなに見物にもたれこんじゃって――芝居になりっこありゃしない!」
「観るものでもいいのかもしれないわ。労働組合は、ここの切符だけをくばっているんじゃあないから」
だけれども、やっぱり伸子とすれば「南京虫」の空虚さは居心地わるかった。観客は、「南京虫」へ向けられている諷刺を笑っているつもりかもしれなかった。しかし、五〇年後の社会主義社会の青年男女が十度も五ヵ年計画をしあげたのち、南京虫一匹に対してこんなに大仰にさわいで、目玉をむいたり、両腕をつきあげたりするだろうか。