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どうひょう

道標

宮本 百合子

第一部「展望」筑摩書房、1947(昭和22)年10月号~1948(昭和23)年8月号<br> 第二部「展望」筑摩書房、1948(昭和23)年9月号~1949(昭和24)年5月号<br> 第三部「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年10月号~1950(昭和25)年2月号、1950(昭和25)年4月~12月号<br> 資料「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年8、9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 846,457 字 · 1672 页

青空文庫

「熱がでていないから、化膿性のものじゃないことだけはたしかよ――大丈夫だわ、――でも、痛い?」

「きまってるじゃないか、ばかだなあ」

素子は、痛さに気をとられていて、そのことに思い及ばないらしかったが、伸子の心には自分の気持についての不安があった。パリにいる日本の人たちとの社交的なつき合いを意識的にさけているのには、伸子の意見がつよく影響していることであったから。――

ガリック・ホテルへ移って間もない或る日のことだった。外出から帰って来た伸子たちは、帳場で室の鍵といっしょに一枚の名刺をわたされた。それは、もう数年間パリに生活しているある新聞社のパリ特派員の名刺だった。この人によってその新聞の文芸欄に折々パリの文壇、画壇、楽壇の消息がのせられるのを伸子は日本にいたころから読んでいた。パリに滞在している年月が長い上に、その人に特有の気質が加ってか、彼のパリ通信は、多くの場合、ただの報道ではなかった。フランスの著名な芸術家たち、パリへ行っている日本の知名人たちとの交遊の雰囲気、友達づきあいの空気がただよう通信だった。その特徴から、いつとはなし伸子は、その人の名や特徴を記憶するようにもなっていたのだった。