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どうひょう
道標
宮本 百合子
第一部「展望」筑摩書房、1947(昭和22)年10月号~1948(昭和23)年8月号<br> 第二部「展望」筑摩書房、1948(昭和23)年9月号~1949(昭和24)年5月号<br> 第三部「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年10月号~1950(昭和25)年2月号、1950(昭和25)年4月~12月号<br> 資料「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年8、9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 846,457 字 · 1672 页
仄暗いスタンドの灯かげが壁をてらしている光景が目に入った刹那、上体を右腕の上に、膝のうしろを左腕の上に掬われている伸子は、ピンとしている両脚のパンプをはいている足さきに力をいっぱいこめて、足を下へおろそうとした。
「おろして!」
思わず英語で低く叫ぶように伸子は云った。
「おろして!」
背が高くて力のつよいポリニャークの腕の上から、伸子がいくら足に力をこめてずり落ちようとしても、それは無駄であった。伸子は、左手でポリニャークの胸をつきながら、
「声を出すから!(ヤー、クリチュー!)」
と云った。ほんとに伸子は、秋山と吉見を呼ぼうと思った。
「ニーチェヴォ……」
ポリニャークは、またそう云って、その室の中央にある大きいデスクに自分の背をもたせるようにして立ちどまった。そこで伸子を床の上におろした。けれども、伸子の左腕をきつくとらえて、酔っている間のびのした動作で、伸子の顔へ自分の大きな赧い顔を近づけようとした。伸子は、逃げようとした。左腕が一層つよくつかまれた。顔がふれて来ようとするのを完全に防ぐには、背の低い伸子が、体をはなさず却ってポリニャークに密着してしまうほかなかった。