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どうひょう

道標

宮本 百合子

第一部「展望」筑摩書房、1947(昭和22)年10月号~1948(昭和23)年8月号<br> 第二部「展望」筑摩書房、1948(昭和23)年9月号~1949(昭和24)年5月号<br> 第三部「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年10月号~1950(昭和25)年2月号、1950(昭和25)年4月~12月号<br> 資料「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年8、9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 846,457 字 · 1672 页

青空文庫

電車が通らなくなってしまってからの時刻、静かな、変化のないうすら明りにつつまれて、まばらに人通りのあるアストージェンカの街角の眺めは、そよりともしない並木道の深い茂みの一端をのぞかせて、魅力のある外景であった。

窓のそとの小さいバルコニーへ椅子を出して、伸子と素子とはいつまでも寝なかった。伸子は、保が、大学で哲学だの倫理だのを選ぼうとしていることを気にした。

「倫理学なんて、それだけを専門にするような学問なのかしら……あんまりあのひとらしくて、わたし苦しくなってしまう」

くもった真珠色のうすら明りの中で、小さく美しく焔を燃えたたせながら素子はマッチをすってタバコに火をつけた。そして、指先で、唇についたタバコの粉をとりながら云った。

「哲学の方が、そりゃましさね」

「哲学って云ったって……」

保のそういう選択に加わっているに相違ない越智の考えや、それに影響されている多計代の衒学好みを思いあわせ、伸子は信用しないという表情をかえなかった。

「哲学なんかやって、あのひとは益々出口がなくなってしまうばかりだわ、どうせカントなんかやるんだろうから……」

昔東大の夏期講座できいたカントの哲学の講義を思いおこし、保の抽象癖が、カント好みで拡大され組織されるのかと思うと、伸子はこわいような気がした。