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どうひょう

道標

宮本 百合子

第一部「展望」筑摩書房、1947(昭和22)年10月号~1948(昭和23)年8月号<br> 第二部「展望」筑摩書房、1948(昭和23)年9月号~1949(昭和24)年5月号<br> 第三部「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年10月号~1950(昭和25)年2月号、1950(昭和25)年4月~12月号<br> 資料「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年8、9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 846,457 字 · 1672 页

青空文庫

「チャイカ(かもめ)がついている!」

「どれ?」

伸子は身ぶりで舞台を示した。開幕前のひろい舞台にはどっしりと灰色っぽい幕がおりていた。その幕の左右からうち合わせになっている中央のところに、翼をはって空と水との間を翔んでいるかもめが落付いた色調の組紐刺繍で装飾されているのだった。

「入口のドアにもついていたでしょう――気がついた?」

地味な幕の中央に、かどを落した横長の四角にかこまれて、それだけがただ一つの装飾となっている鴎は、片はじをもぎとられて伸子のハンド・バッグに入っている水色の切符の左肩にも刷られていたし、棧敷席のビロードばりの手すりの上においてあるプログラムの表紙にもついている。芸術座は、チェホフの『鴎』で、現代劇の歴史にとって意味ふかい出発をした。その初演の稽古のときは、まだこの劇場が落成していなかったので、俳優たちはどこかの物置のような寒い寒い建物のなかで、ローソクの光をたよりに稽古した。それでも、あらゆる俳優が自分たちこそ本当の新しい芝居をするのだという希望と誇りに燃えていて、寒いことも苦にしませんでした。そうかいていたのはチェホフの妻であったオリガ・クニッペルだった。