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どうひょう
道標
宮本 百合子
第一部「展望」筑摩書房、1947(昭和22)年10月号~1948(昭和23)年8月号<br> 第二部「展望」筑摩書房、1948(昭和23)年9月号~1949(昭和24)年5月号<br> 第三部「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年10月号~1950(昭和25)年2月号、1950(昭和25)年4月~12月号<br> 資料「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年8、9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 846,457 字 · 1672 页
けれども、もとウラジーミル大公の屋敷だったという学者の家の室は、いい部屋であればあるほどつくりが宮廷ごのみで、伸子たちにはしっくり出来なかった。フランス脚が金で塗られた椅子はあっても、モスク※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82)のホテル・パッサージにあったような実用的なデスク一つ、スタンド一つなかった。レーニングラード見学の期間が終ると、伸子も素子も、食事つきで勉強のできる下宿がほしくなった。デーツコエ・セローで、あんなにネツプ風でない下宿はないものだろうか。
東洋語学校の教授であるコンラット博士が偶然デーツコエ・セローの下宿の一軒をよく知っているという話になった。きいてみると、それは、あのプーシュキンの学校の前の家で、伸子たちが桃色のゼラニウムの小ざっぱりした綺麗さに目をひかれた旧校長の家だった。その教授の紹介で、伸子たちは学者の家からデーツコエ・セローのパンシオン・ソモロフの二階へ移った。
七月初旬で、伸子たちははじめの数日を一室で、あとは二人別々に部屋がもてた。食事のために出歩かないでよくなったことや、七ヵ月ぶりで自分一人の部屋がもてたこと、青葉照りの底へ沈んだような自然の奥ふかさなどで、伸子はレーニングラードへ来てから受けたいろいろの刺戟がデーツコエ・セローの暮しで日に日に自分のなかへ定着するのを