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どうひょう

道標

宮本 百合子

第一部「展望」筑摩書房、1947(昭和22)年10月号~1948(昭和23)年8月号<br> 第二部「展望」筑摩書房、1948(昭和23)年9月号~1949(昭和24)年5月号<br> 第三部「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年10月号~1950(昭和25)年2月号、1950(昭和25)年4月~12月号<br> 資料「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年8、9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 846,457 字 · 1672 页

青空文庫

素子がそう答えた。ペラーゲア・ステパーノヴァにはその返事が不平らしかった。

「革命からあと、少くともロシアには心臓病がふえました」

ふっと笑いたそうな影が伸子の口元を掠めた。

「わたしは一八年まではほんとに丈夫で、よく活動していました。あの火事までは。――ねえ、ニコライ。わたしの心臓は全くあの火事のおかげですね」

古軍服と同じように茫漠とした表情の元軍医は、そういう妻の問いかけを珍しくもなさそうに、

「うむ」

と云った。

「もちろんそうですとも、ほかに原因がありようないんです」

椅子によせかけてあったステッキをとって、コトコトとヴェランダの木の床を鳴らした。

「一八年にわたしどもはエストニアにいたんです。良人は病院長、わたしは婦長として。病院は、その村の地主の邸だったんですがね、何ていう農民どもでしょう? そこへ火をつけたんです。屋敷ばかりではなく、ぐるりの森や草原へまで――」

息をきらして、ペラーゲア・ステパーノヴァは話しつづけた。

「その晩だって、わたしどもはちゃんと屋根に赤十字の旗を立てておきました。ねえ、ニコライ。わたしたちの赤十字の旗は二メートル以上の大きさがありましたね」