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どうひょう
道標
宮本 百合子
第一部「展望」筑摩書房、1947(昭和22)年10月号~1948(昭和23)年8月号<br> 第二部「展望」筑摩書房、1948(昭和23)年9月号~1949(昭和24)年5月号<br> 第三部「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年10月号~1950(昭和25)年2月号、1950(昭和25)年4月~12月号<br> 資料「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年8、9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 846,457 字 · 1672 页
「ありがとう」
「ともかく電報をうっといたから……」
伸子の感情を刺戟しまいとして素子は事務的な方面からばかり話した。
「ぶこちゃんは帰らないということと、お悔みをうっといた」
「それでいいわ。ありがとう」
次の日、素子に扶けられて、伸子はアベードの時だけ食堂へ下りた。食後、テーブルについていた人々が、一人一人伸子に握手して悔みをのべた。ロシアの人としては小柄で、頭のはげているヴェルデル博士は、彼の真面目な、こころよい黒い瞳でじっと伸子の蒼ざめている顔を見ながら、
「あなたが勇気を失わずに居られることは結構です。あなたはまだお若い。生きぬけられます」
信頼をこめてそう云って、執ったままいる伸子の手の甲を励ますようにねんごろにたたいた。
「ありがとう」
泣きださないで礼をいうのが伸子にやっとだった。ヴェルデル博士のやりかたは、あんまり父そっくりだった。泰造も、伸子の手をとることが出来たら、きっとそうして伸子と自分をはげましただろう。
やがて、伸子は、食事のたびに食堂へ出るようになった。けれども、伸子の状態は、重い病気からやっと恢復しかかっているひとに似ていた。