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どうひょう
道標
宮本 百合子
第一部「展望」筑摩書房、1947(昭和22)年10月号~1948(昭和23)年8月号<br> 第二部「展望」筑摩書房、1948(昭和23)年9月号~1949(昭和24)年5月号<br> 第三部「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年10月号~1950(昭和25)年2月号、1950(昭和25)年4月~12月号<br> 資料「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年8、9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 846,457 字 · 1672 页
それは、レーニングラードのジプシーの音楽をききながら食事をする店でのことで、素子と伸子とはスタンドのついた小卓にさし向い、素子はグルジア産の白い葡萄酒をのんでいた。吉之助、なかなか、いいねと素子が云ったとき、伸子は素子の眼や頬がいつもとちがった艷やかさをたたえているのを感じた。
「そう思う?」
のまない葡萄酒のコップをいじりながら、伸子は、ききかえした。
「――ぶこちゃんだってそう思うだろう?」
素子が、俳優としての吉之助だけを云っているのでないことを伸子は女の感覚で直感した。軽いショックで伸子は上気した。素子がいいと思う男がいたということは思いがけない一つのおどろきであった。そして、それが伸子も好感をもっている長原吉之助だということは。しかし、その長原吉之助だから素子がすきというのもわかるところがあるのでもあった。素子の珍しいその心持のうごきを、伸子は自分の手もそえて、こぼすまいとするような気持で、だまってスタンドの灯に輝く琥珀色の葡萄酒を見ていた。でも、吉之助に対する素子のそのこころもちは、どう発展するものなのだろう。素子自身は、どう発展させたいと思っているのだろう。