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どうひょう

道標

宮本 百合子

第一部「展望」筑摩書房、1947(昭和22)年10月号~1948(昭和23)年8月号<br> 第二部「展望」筑摩書房、1948(昭和23)年9月号~1949(昭和24)年5月号<br> 第三部「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年10月号~1950(昭和25)年2月号、1950(昭和25)年4月~12月号<br> 資料「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年8、9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 846,457 字 · 1672 页

青空文庫

かたわらで問答をきいていて伸子の動悸が速まった。

「そこなんですね、問題は」

テーブルにぐっと肱をかけ、吉之助はまじめなむしろ沈痛な声で言った。

「まず周囲が承知しませんね」

「周囲って――細君ですか」

「細君も不承知にきまってるでしょうが、親戚がね。歌舞伎の世界では、親戚関係っていうのが実に大したものなんです――義理もあるし」

吉之助は、歌舞伎俳優だった父親に少年時代に死なれ、その伝統的な家柄のために大先輩である親戚から永年庇護される立場におかれて来ているのだった。

「もう一つ自分として問題があるわけなんです。僕には舞台はすてられない。これだけはどうあっても動かせません。俳優としての技術の蓄積ということもあります。ただ、やめちまうというなら簡単でしょうがね。自分を成長させ、日本の演劇も発展させる舞台っていうものは、どこにあるでしょう」

「いきなり築地でもないだろうし……」

「そこなんです」

歌舞伎の息づまる旧さのなかに棲息していられなくなっている吉之助は、さりとていきなりドラの鳴る築地小劇場で『どん底』を演じるような飛躍も現実には不可能なのだった。

吉之助の飾らない話をきいていて、伸子はやっぱりみんなこういう風にして変るものは変ってゆくのだ、としみじみ思った。