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どうひょう
道標
宮本 百合子
第一部「展望」筑摩書房、1947(昭和22)年10月号~1948(昭和23)年8月号<br> 第二部「展望」筑摩書房、1948(昭和23)年9月号~1949(昭和24)年5月号<br> 第三部「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年10月号~1950(昭和25)年2月号、1950(昭和25)年4月~12月号<br> 資料「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年8、9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 846,457 字 · 1672 页
双方の言葉がとぎれているところへ、ナターシャが、例の踵をひく歩きつきで病室へ入って来た。女のひとは、ナターシャが窓ぎわの台で何かさがしている姿を眺めていたが、しみじみと、
「これが、わたしたちの時代、ですよ――ねえ、ナターシャ。あなたお産の準備にいくら貰うの?」
「月給の半分。――産院は無料なんです。それに九ヵ月の牛乳代」
「決してわるかないわ」
女のひとは、なお暫くだまって何か考えながら長椅子にかけていた。が、ナターシャが出てゆくと、つづいて、
「では、お大事に。さようなら、わたしは多分あさってごろ退院するでしょう」
優美であるけれども素姓のあいまいなすらりとした後姿を廊下へ消した。
たった一ぺんだけ伸子の病室に現れて何かの生活の断片を落し、しかしもう二度とめぐり合うことのない訪問者の一人として、やっぱりそれも或る午後、伸子の病室へ一人のひどく気のたった女が入って来た。
病院で患者に着せる白ネルの病衣の上から茶がかった自分の外套をはおったもう若くない女は、両肩の上に黄色っぽい髪をふりみだし、ちょうどおきあがっていた伸子をドアのところに立ってにらむように見つめた。