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どうひょう

道標

宮本 百合子

第一部「展望」筑摩書房、1947(昭和22)年10月号~1948(昭和23)年8月号<br> 第二部「展望」筑摩書房、1948(昭和23)年9月号~1949(昭和24)年5月号<br> 第三部「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年10月号~1950(昭和25)年2月号、1950(昭和25)年4月~12月号<br> 資料「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年8、9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 846,457 字 · 1672 页

青空文庫

乳製品のうす黄色い大きなかたまりがある。蝶鮫がある。リンゴ、みかんもある。卵をかごに入れて、群集の間を歩きながら売っているのは、大抵年をとった女だった。つぶした鶏を売っている爺がある。絶えず流れる人群れに交って、伸子のすぐ前を、一人の年よりが歩いていた。脚立をたてて、その上へ板を一枚のせて、肉売りがいる。その前へ、年よりがとまった。

「とっさん、素晴らしい肉だぜ。ボールシチにもってこいだ!」

それはいい肉と云えるのだろうか。伸子の目に、その塊りは黒くて、何の肉だか正体がしれなかった。黙ったままじいさんは、よごれた指を出してちょいとその肉をつついて見た。

「え? どうだね」

肉を入れて来た樺製のカバンを足許において、その売手は、膝まである防寒靴を雪の上でふみかえながらせきたてた。じいさんは、口をきかない。その白髪まじりの不精髭につつまれたじいさんの顔にある無限の疑りぶかさに伸子の目がひかれた。じいさんは、おそらく、お前の名はこれこれだ、とその名を云われても、やっぱりその疑りぶかい顔つきを更えないだろう。ここの露店で売られるものは、すべて公定の価よりも三割か四割たかかった。